患者は安静な療養のために行動の自由が制限され、自分の居場所がベッドあるいはその周辺に制約されるのであるから、外界とつながり解放感を与える病室の 窓は療養環境を構成する大切なエレメントである。建築基準法は、病室などの居室に部屋面積に応じた一定の大きさの窓を求めるが、そうして配置された窓は、採光を確保すると同時に室内に外の風景を取り込む。 回復して外界に出ることを思いながら眺める窓からの風景は、たとえそれが青空や夕焼け空だけだとしても、入院患者にとっては一日を通しての癒しの大切な機会である。 ベッドに寝たままでは、水平方向に窓があったとしても空が見えるだけであるが、 雲の流れと光の変化は心を癒すものである。 ベッド上の 閉塞感と高所の不安感をバランス良く制御するためには、臥位の患者が窓を見上げる角度を決定づける腰壁の高さは大切な検討課題である。同時に 窓の開放を制限する仕組みを導入し、安全のために 平常時、窓は一定の幅しか開かないように工夫する。 ある程度回復すればベッドに座ることで、視界が大きく開けることもある。 窓が癒しの効果を発揮するためには、それなりの設えが欲しいところである。 急性期の患者であっても入院期間中常にベッド上臥位で安静状態にあるとは限らないのだから、窓際に机あるいはカウンターと椅子があって、ベッドサイドに座ることができればなお良い。 病院の設計者は病棟の方位を考慮して、病室の窓を西向き、東向きにすることを可能な限り避ける。 しかし限られた敷地で高度な医療機能を実現するために、窓方位に配慮して病棟配置を東西軸・南北窓面にすることが難しい場合がある。その場合、 低い角度から直射光が入る向きの病室は、ブラインドやカーテンの設置はもちろん、ガラスを特殊な金属膜でコーティングして入射光を制御するLow-Eガラスの採用や、 窓前面に庇またはルーバーを配置して直射光を防ぐなど、開口部の構成全体を詳細にデザインする必要がある。 4床室の患者は多くの場合、各自自分の廻りのカーテンを引いてプライバシーを確保しようとする。そのためにとりわけ廊下側のベッドへの採光と患者のプライバシーの両立は難しい課題である。 学校などであれば、廊下側の壁にも窓を設け、廊下の反対側の窓から光を取り入れることも可能であるが、病室でこれをやろうとすれば、病棟全体の計画を見...
患者の療養環境にとって大切な要素であるベッドについて考えたい。身動きの取れない 患者には身体に近い場所から切実な問題が発生する。とりわけ絶対安静の状態にある患者にとっては、ベッドまわりが環境のすべてである。我々は静かに寝ている状態でも少しずつ体を動かしながら、リラックスした状態を保っているが、絶対安静の患者はベッドによって与えられた環境に身をゆだねるより他ないため、横たわったままによる苦痛の解消は切実である。 重症化すれば床ずれなど様々な症状が発生するが、その前に安静状態で長期間横になっていいれば、背中の痛みなどの苦痛が伴う。 医療用のマットレスは、寝心地以外に、看護のし易さ、掃除のし易さ、耐久性など様々な要素で決められているのであるから、 必ずしも 絶対安静の患者や 長期間の入院を余儀なくされた患者にとって十分に快適な環境であるとは限らない。しかしながら様々な条件をクリアして、 出来る限り患者の立場で快適な療養環境をを見出すことは、結果的に体力の回復を早める意義がある。例えば マットレスの快適さについて、実際に使用している患者からヒアリングをすることも改善には有効な手法ではないだろうか。どのようなところが苦痛か、どのようにすれば良いか、言葉によって理解することも必要だと思う。患者の入院期間、安静状態、疾患の内容などとの関連性も把握し、その結果がマットレスの性能に反映されれば良い。その際、求められるマットレスは1種類であるとは限らない。 環境という側面から療養について考えるならば、24時間臥位という同じ姿勢を取るのではなく、少しでも日常の姿勢に近付けるために休息や睡眠の姿勢に変化を与えることも必要ではないだろうか。一定の時間を座位で過ごすことで、安静時の肉体的・精神的な苦痛を和らげることはできる。背中を起こすだけではなく、足をおろして完全な座位になれるベッドもある。これからの医療用ベッドは臥位、半臥位、座位など患者が様々な姿勢をとれるように、快適な環境を積極的に補助する役割が必要ではないかと思う。 従来病院建築は、建物本体が完成すれば設計者の役割はそれで終わりで、ベッドの搬入はその後行なわれていたのであるが、療養環境を完成させるという意味では、ヒトと環境とのインターフェイスとなるベッドの性能を見極めることが重要な要素であると考える。 ...